2018年で開港150年を迎えた港町・神戸。地理的にちょうど中心に位置し、今日の神戸の原点となったのが元町です。その地名には、神戸の「元」になった「町」という意味が込められているそうです。ここでは、開港以来、神戸において中枢的役割を担ってきた元町の歴史を紹介したいと思います。

神戸の原点~元町~

冒頭でも述べた通り、神戸元町は神戸にとっての原点の町であり、その歴史は7世紀に遡ります。大宝律令により施行された国・郡・里制のもとでは「戸」が納税の単位とされ、神社が所有する「戸」ということで「神戸」という名前が定着しました。その意味では、元町通周辺の生田神社周辺が本来の神戸であると言えます。

開港以来、海外との交流が盛んに

神戸元町にとっての転換期となったのが江戸時代後期です。1858年7月の日米修好通商条約の締結を経て、1868年1月1日、外国船の停泊地として神戸港が開港しました。当時、日本国においては江戸幕府による鎖国政策が敷かれており、対外的に出入国が認められていたのはオランダと中国の2ヶ国のみでした。ここ神戸はというと、特に中国との結びつきが強い地であり、江戸時代はもとより、それよりもはるか昔の平清盛が世を治めていた時代から、神戸(厳密に言うと、元町よりやや西側の福原(現在の神戸市兵庫区)を指す)を拠点に日宋貿易が盛んに行われていました。

古くからの中国との結びつきから、今日では神戸は横浜、長崎とともに、日本三大チャイナタウンを形成する都市として位置づけられるに至っています。特に元町エリアには南京町をはじめ、三国志の武将・関羽を祀った関帝廟など、中国ゆかりの史跡が散在するほか、山手側には華僑の子弟が通う神戸華僑幼稚園や神戸中華同文学校もあります。